心が疲れて何も手につかない時、神様はどこにいますか
人生の歩みが止まってしまったように感じる時、燃え尽きない火の中で神様はあなたを呼んでいます。聖書が教える「共にいる神」との出会いについて綴ります。
心が疲れて何も手につかない時、神様はどこにいますか
「もう、これ以上どうしたらいいのかわからない」。そんなふうに立ち止まってしまうことはありませんか。仕事や家庭、あるいは自分自身の将来に疲れ果て、まるで荒野の真ん中に一人取り残されたような気持ちになる夜があるかもしれません。
聖書の出エジプト記3章には、モーセという人物が登場します。彼はかつて王宮で育ちましたが、人生の挫折を味わい、荒野で羊を飼う日々を送っていました。そんな彼が、燃え尽きない不思議な火を見つけます。神様は、その火の中からモーセの名前を呼びました。
神様は、モーセが何を成し遂げたかではなく、その場所にいるモーセの「名前」を呼びました。それは、私たちがどれほど疲れ、無力感の中にいたとしても、神様は私たちの存在そのものを見つめ、声をかけてくださることを教えています。神様がモーセに名乗った名前は「わたしは、ある(אהיה, エヘイエ)」という言葉でした。これは「常に共にいる」という意味を持っています。
今日の小さな一歩 今日は、一日の終わりに静かに深呼吸をして、「神様は今、私と共にいてくださる」と心の中でつぶやいてみてください。特別な祈りの言葉は必要ありません。ただ、あなたの今の疲れをそのまま神様に預けてみましょう。
短い祈り 神様、先が見えず不安な心に寄り添ってくださりありがとうございます。私の名前を呼んでくださるあなたの声に、耳を傾けることができますように。今日という一日を、あなたと共に歩ませてください。アーメン。
*このような聖書の深いメッセージを、日々の生活の中で見つけるお手伝いをSermonSageが行っています。*
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